伊豆の踊り子(天城越え)
 川端康成が初めて伊豆に旅行したのは大正7年でしたから、東京から東海道線で
国府津まで来て 御殿場線経由で旧三島駅(現 下土狩駅)で降りて、駿豆鉄道に乗り換えて 大仁まで来たのではないかと思います。
大仁からは下田街道をバス(当時は乗合自動車)か歩いていくわけです。
  川端氏が一高の学生だった時に実際に、ここに紹介する「湯本館」で出会った踊り子達
との事を書いたのが 「伊豆の踊り子」であり 「湯ヶ島の思い出」というものが母体と
なったようです。 言わば、ノンフィクションのような…
撮影:2009.09.29
 ↑ここは川端康成が踊り子と出合った「湯本館」、写真を撮っていたら… なんと、中を見せてもらえるみたいだ

玄関に入ると、目の前に階段が…この階段が学生さんが座っていた階段ね!
↓初めて踊り子達と遭遇した場所であり、その踊り子達の踊りを見たところだ。

 ↑当時のように階段に座る川端康成の写真、私も川端氏のように座ってみた。短パンTシャツで失礼…

  ↑川端氏の目線で写して見る!
「…湯ケ島の二日目の夜、宿屋へ流して来た。踊子が玄関の板敷で踊るのを、
私は梯子段の中途に腰を下して心に見ていた」
と書かれてあります。

 ↑ 玄関の上、壁には映画、テレビでの踊り子の写真が沢山飾ってありました。
初代踊り子の「田中絹代」から始まり、「美空ひばり」「吉永小百合」「内藤洋子」
「山口百恵」
等の踊り子達… その当時の人気女優さんですね

 ↑1963年(昭和38年)に映画のロケ地を訪れた川端氏、主演は高橋英樹、吉永小百合の写真
 ↑ 二階に上がり、川端氏が滞在した部屋を見せて頂く、4畳半程の小さな部屋だ。
この部屋で川端康成は執筆していたのですね。
親切な宿のご主人の説明によれば、この部屋に川端先生を訪ねてきた方々の
顔ぶれが又凄い。「梶井基次郎」 彼も又湯ヶ島に滞在していて
「伊豆の踊り子」の出版に際しては彼の協力があったとか…

 ↑ 「宇野千代」「尾崎史郎」ともここに康成を訪れていたとか、
恋多き宇野千代は梶井基次郎ともここで仲良くなったと宿のご主人談。
東郷青児と恋仲になったのはこの後のお話でようです
宇野千代といい、瀬戸内寂聴、白蓮… ちょっと遡れば与謝野晶子など
文学の世界に身を置く女性は恋多き人が多いですね。 それだけ純粋で、
自分に正直なんでしょうかね〜〜

 ↑直ぐ隣の西側には牧水の宿泊していた部屋「やまざくら」あり狩野川が流れている。
若山牧水なども滞在していたようで、聞けば聞くほど、鳥肌が立つ位に凄い面々です。

 ↑別の部屋には川端氏の「千羽鶴」の生原稿や書もありました。
  この小さな宿で日本が世界に誇れる文学が誕生したと思うと感慨無量です。
 「伊豆の踊り子」を最初に映画にした時の監督「五所平之助」の俳句が印象的でした。

踊り子と いえば 朱の櫛 あまぎ秋

これからの季節にぴったりの句かと・・・

 ↑「湯本館」を後にして向かったのは、ワサビ沢や「浄連の滝」 ここにも踊り子の像があります

 ↑石川さゆり「天城越え」の歌詞に出てくる 隠れ宿 九十九折り 浄蓮の滝。

 ↑「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の
   密林を白く染めながらすさまじい早さで麓から私を追って来た。私は二十歳、
   高等学校の制帽をかぶり、紺飛白の着物に袴をはき、学生カバンを肩にかけ 
   ていた。一人伊豆の旅に出てから四日目のことだった。
   修善寺温泉に一夜泊り、湯ケ島温泉に二夜泊り、そして朴歯の高下駄で
   天城を登って来たのだった・・」
川端氏の原稿より

 ↑九十九折の道を登って…、いつの間にか「踊り子」と学生の道をたどるのに夢中になってきました…笑

 ↑天城隧道の記念碑
ここは清朝最後の皇帝宣統帝の孫娘が悲恋の地となった八丁池へと分岐する場所にあります。
 ↑重要文化財 旧天城トンネル 説明は一つ上の写真で…

 ↑「…暗いトンネルに入ると、冷たい雫がぽたぽた落ちていた。南伊豆への出口が前方に小さく明るんでいた。」
…と本にあります。このような情景でしょうか?

 ↑トンネルを抜けると、そこは……これは「雪国」でした(笑)
踊り子の道をたどって行くと「寒天橋」に…思ったより広い橋だ。
当時はこんなに広くはなかったのでしょうね。 「天城随道」の近くに茶屋があったそうです。
「折れ曲った急な坂道を駈け登った。ようやく峠の北口の茶屋に辿りついて ほっとすると同時に、私はその入口で立ちすくんでしまった。 余りに期待がみごとに的中したからである。そこで旅芸人の一行が休んでいたのだ。 突っ立っている私を見た踊子が直ぐに自分の座蒲団を外して、裏返しに傍へ置いた。 「ええ……」とだけ言って、私はその上に腰を下した。・・・・ 踊子は十七くらいに見えた。…」と本には書かれています。
 天城随道辺りで踊り子達と会えるかもと期待していた学生さんのうれしさが 溢れている文章ですね!
 ↑「天城越え」の歌詞に出てくる わさび沢 隠れ径 小夜時雨 寒天橋
  寒天橋を渡って、踊り子一行と学生は湯ヶ野へと舞台を移す…
 湯ヶ野へとつづく

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