伊豆八十八箇所霊場 二十一番目札所「龍澤寺」
伊豆には弘法大師の足跡も多く、伊豆の88ヶ所霊場も四国の巡礼地と同様、 弘法大師が携わった巡礼地だとされています。 全国的に有名な修善寺温泉などは、弘法大師が発見したとされ,[修禅寺」は88箇所霊場の88番目の 札所になります。 その中で、以前から気になっていたお寺のひとつが三島の「龍澤寺」で、21番目の札所です。
 
撮影:2010.01.15

 「この寺その昔愛宕山下にありて、僧空海(弘法大師)開創す」とあります。
龍澤寺を現在の地に開創したのは名僧と言われた「白隠禅師」です。 「駿河には、過ぎたるものが二つあり、富士のお山に原の白隠」 白隠禅師は貞享2(1685)年に駿河国原宿(現在の沼津市原)に生まれ、 77歳の時に小さな荒れ寺を買い取り、これが龍澤寺の始まりとなる。

 全国から多くの雲水(網代笠、脚絆(きゃはん)にワラジで修行する禅宗の僧侶)が参集し、純粋たる禅修行として今でも伝えられています。 一説に寄ればあの「清水次郎長」「山岡鉄舟」も修行をしたとか・・

また、龍澤寺の名僧で白隠禅師の再来と言われた「玄峰老師」は忘れてはならない方です 玄峰老師は太平洋戦争終結にあたって、当時の総理大臣に「耐え難きを耐え忍び難きを忍び……」の文言を進言したり、天皇を国家の「象徴」と定義するよう発案したことでも有名で、当時の総理の相談役でもあったという傑僧でもあるのです 。 広いお寺の庭は綺麗に掃除が行き届いていましたが、人の姿はなく静まりかえっていました。 このお寺は拝観出来ません。純粋な修行寺なので、月末にはお庭にも入れないと聞いています。
このお寺にはもうひとつ有名な物があります。 伊豆松崎出身で「伊豆の長八」と呼ばれた漆喰の名人がいました。 彼が作った漆喰芸術があるということなので、是非見たいと思い、この寺に来たわけです。 本堂にあるものは見る事はできませんでしたが、漆喰で出来た立派な龍には逢えました!
静寂の寺の庭で、玄峰老師を思い浮かべながら歩く・・・
  世の中は 今よりほかはなかりけり 昨日は過ぎつ 明日は来らず
  世の中は ここよりほかはなかりけり よそにゃゆかれず わきにゃをられず
  只の人 只の人となれ……
この心境になるには、まだまだ修行が足りない私ですが・・・
今生きているこの時を大切にしないと・・・と思う今日この頃です

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