越すに越されぬ「大井川」
越すに越されぬ大井川を渡ってきました。
明治に入るまで大井川を渡るには、川札を買い、人足の肩や蓮台に乗り川を越えたらしい。
川札の値段は、毎日川幅と深さを測って定められたそうです。
「箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川」と唄われたように、大井川は東海道最大の難所で増水のため川留めになると旅人は水の引くのを何日も待つことがあったようです。
 
撮影:2010.05.02

↑お茶畑が広がる牧の原台地の方に「世界一の長さを誇る木造歩道橋」として ギネスにも認定された蓬莱橋があると言うことなので行ってきました。

↑橋の全長897.4m、通行幅2.4m

↑徳川家康は、東海道に宿駅伝馬制度を設け街道の整備をしましたが、 大井川、安倍川など6つの川には橋を架けず徒歩での通行と定めました。

↑明治12年にこの蓬莱橋ができて、3度ほど激流で流され修復されたそうです。
当時、関係者以外からは通行料を取ったことから 現在も賃取橋(有料)です。
大人の通行料はちなみに100円です

↑牧の原台地のお茶畑です!
徳川慶喜が駿府に謹慎になり、浪人が巷に溢れたため、勝海舟、山岡鉄舟らの進言で 大井川の右岸台地・牧の原を開拓し、お茶の栽培をして現在のお茶産地の礎を作り 川渡し人足達もお茶栽培をするようになったようです。

↑橋を渡り終えて、すこし林道を歩くと視界が広がり蓬莱橋の全貌が姿を表しました。
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